「誰かと待ち合わせ? 時間あるならちょっとお店に入って話とかどうよ?」
「俺らが奢るから心配しなくていいし。なあちょっとだけ、ね?」
「君みたいな子待たせるとかマジ信じらんないよねえ。だから俺らと遊ぼうって」
「失せろ糞が」
嫌いな人種というのが誰しもあると思うが、私の場合≪邪魔をする≫ものがそれに相当する。恋愛に障害は付き物だと新羅が言っていたが、私は障害も弊害も全て有害であると信じてやまないため、それらを排除するためには気概を表わす言葉遣いと多少の暴力が必要だと思われる。
読み途中の文庫本を鞄にしまい、右手に拳を握った――が、対峙していた男二人の頭が後ろから鷲掴まれた。そして、まるでシンバルのように互いを叩きつけ合うと骨同士が衝突するいやな音が響き渡る。掴む手が目を回す二人を見比べるようにして身長の高さまで引っ張り上げた。私は行き場をなくした拳を振り下ろし、後は手の正体――平和島静雄に任せることにした。
「別に名前が書いてあるわけじゃねえから分かんなかったのかもしれねえけどよお。こいつは俺のだ、二度と近寄るんじゃねえ」
「……なんだかさらっと恥ずかしいこと言われたような気がするよ」
待ち合わせ場所にはお互い5分前に到着するのを知っていた私は、いつもどおりの光景に安堵していた。静雄とは何度かのデートを重ね、付き合い始めてからすでに4カ月が経とうとしている。友人であった期間も含めても半年は共にいるわけだが、当初静雄が懸念していた≪被害≫という名のとばっちりは確実に私に降りかかっていた。不良グループに拉致されるのは日常茶飯事でそのたび静雄が必要以上の暴力で助けにきてくれる。このところ私に声を掛ける人間は激減していったが、今日のようなナンパはたびたび起こってそれもまた静雄の怒りを買うことになっていた。
「もナンパなんかに目ぇ付けられるな。俺より短気なんだから声掛けられる前に殴っちゃえよ」
「暴力は嫌いなんじゃなかったのかい?」
「お前がやれば正当防衛で、それで俺のは制裁だ」
「……静雄はたまに理不尽だよ」
「誰かのために自分の意志で力を使えばそれは暴力とは違うんじゃねえの」
「まあ……その、あれだね。」
「あ?」
「……うん。こうやって助けてくれるのは結構嬉しい」
「そうか」
少し照れくさそうにしながらも、容赦なく静雄は手を離すとぶら下がっていた二人が地面に崩れ落ちた。男達には共通した色を身につけている様子はなかったが、少数で徒党を組んでいそうな見た目をしている。噂程度なら静雄のことを知っていてもおかしくはないだろうに、自ら地雷を踏んでしまったのだから仕方がない。下手に仲間を集めて復讐にくるようなことがないよう心から願うばかりだ。
「制裁っていっても限度があるよね」
「人の彼女に声掛るってことはそれなりの覚悟があるんだろ」
「えっと……まあ、いっか」
静雄の気持ちは純粋に嬉しいし、ありがたいと思う。仮に私が手を出していたとしても、相手を下手に刺激するだけでむしろマイナスにしかならないのは数々の経験で理解しているのだが、やられっぱなしというのも性に合わない。そこを静雄が肩代わりしてくれるのは私個人では助かるが、相手にとってただの死亡フラグだ。いや、声を掛けた時点で命の危険を考えたほうがいい。狙われた自分より狙った相手方のほうが危ないというのはいかがなものだろうかと数秒考えたが、結果は変わらないため諦めた。
「行くか?」
静雄の誘いに一度頷いて歩き出そうと前に踏み出すと残されたもう片足が強い力で引かれ、思わず情けない悲鳴を上げてしまった。生温かい感触に恐る恐る足元を見れば、倒れていた男の片割れがどこかのホラー映画よろしく私の足首を掴み低いうなり声を上げていた。正直言って、怖い。打ちつけられた頭と体の痛みに耐えているのだろうが、執念なのか意固地になっているだけなのか分からない執着は本当に、怖い。
異変に気付いた静雄はすぐに足首を掴む手を見つけた。たった今≪触るな、近寄るな≫と警告したはずの男がまたしても同じことをしでかしてただで済むはずがない。瞬時に青筋を浮かべた静雄は男の首根っこを掴み上げ、少しの助走をつけて遠投をするごとく、投げた。
「同じこと言わせるなあああああああああああああああ!」
……誰があの綺麗な弧を描く飛行物体を人だと思うだろうか。
日々人間離れしていく自分の彼氏に、なんと声を掛ければいいのか悩むまでもなかった。
「……静雄。過剰防衛という言葉を知ってるかい」
制裁ではなく暴力だった
20100328
5 >>