「君たちもよくもまあ続くものだねえ」
「意外?」
「いや、全く。君が愛想尽きるまでは続くと思ってたし」




歩道橋下の轟音と怒声をBGMに、私は折原と池袋の街を見下ろしていた。
 時間の流れというのは早いもので静雄との出会いからもう4年が経つ。来神学園を卒業してから私は無難な会社へ就職し、静雄はバイト先を転々としていた。静雄が進学するとは思わなかったが、バイトをするにも正直まず採用されるとも思っていなかったので≪転々≫と出来るだけまだマシなのだろう。意外と世の中は静雄に優しくできている。否、寛大だ。――むしろ無知なのかもしれない。自動販売機が宙を舞う景色を眺めては日に日に人間離れしていく彼を想い描き「どうか今のバイト先の店長にばれませんように」と祈った。




「シズちゃんが君を突き離すとかなかったわけ? あれでいて結構臆病じゃない、シズちゃんって。自分のせいで何度もちゃんを危険な目に合わせたり、怖い思いをさせていたらいくらなんでも別れようって思わないのかな。好きだったらなおさら傍に置いておくのはよくないと思うんだけど」
「……お前か。静雄にそう言った奴は」
「あはは! なんだ。ちゃんと気にしてたんだ?……それでシズちゃんとは何て話したの」
「『今更なんだから最後まで責任取れ』と」
「最後までって。なに君たち結婚でもする気?」




引きつった顔をする折原になんて返したものかと考え、手すりから身を乗り出して地上にいる静雄を探す。終業後であるこの時間はオフィスから出てきた人たちで歩道を埋め尽くすはずが心得ているとばかりに人気がない。地面に転がっている不良たちを見れば下手に近づこうとはしないだろう。この辺りはまだ学生だったころから静雄がよく通っていた通り沿いなので、近隣住民やよく通る人たちは何が起こったのか分かっているのかもしれない。この街は静雄に優しいわけでも寛大なのでも、ましてや無知なわけでもなく≪把握≫されているといったほうが正しい。≪危険なものには近づくな≫。他人はそれでいいのかもしれない。




「……あれ。静雄がいない」
「シズちゃんならさっき歩道橋下を通っていったよ」




その言葉を聞いて≪何か≫を察した瞬間――、路駐されていただろうマウンテンバイクが折原の頭上から振ってきた。




「ぐぁッ!!」
「い〜〜〜ざ〜〜〜や〜〜〜く〜〜〜ん? なんでこんなところにてめぇがいるんだ。あ゛ぁ?」




投げてから登ってきたのか階段にはすでに静雄が立っていた。静雄は下で絡んできた不良たちを叩きのめした後、折原に投げつけるのにちょうどいい手頃な物を探していたのだ。だから存在に気付いていても声を上げなかったし、見向きもしなかった。結果、偶然目についた自転車が被害を被ることになったがそれはもうご愁傷様ということで。




「っ、……前よりコントロール良くなったね」
「横にがいたんだから当たり前だろ。てめぇのせいで怪我でもさせたらまじでブッ殺す」




なにもしなくてもブッ殺すけどな、と凶悪な笑みを浮かべる静雄にやれやれと首を振ると折原はふらふらと立ち上がって両手を上げた。




「今日のところは降参するから見逃してよ。ほら、愛しのちゃんが君を迎えに来てるよ」
「…………
「はいはい。1時間後にいつものロッテで」
「わりぃな」
「程ほどにしなよ? それから道路標識は二次災害防止のため控えること」
「は」




私たちのやりとりに間抜けな声を上げる折原は何の交渉をしていたのか瞬時に理解すると、即座に手すりに足をかけて歩道橋から飛び降りた。柔軟な動きで地面に着地すると、そのまま夕暮れの池袋の街へ駆けていった。もちろんそれを静雄が見逃すはずもなく、同じように追いかけていく。


最後に取り残された私はというと、うんと大きく伸びをして先ほどの会話を思い出していた。




「静雄と結婚、ねえ……」




まるで想像もつかない話に内心、ないないと首を振る。それに少なくとも今は自分も静雄も自分のことで精いっぱいで誰かと一緒になるとか考えたこともない。でも、決していやなわけでもない。ただそんな甘ったるいだけの夢みたいな話が無性に気恥かしくて、自分もまだまだ子供だなとそんなふうに思う。しかも静雄といっしょになったら果たしてまともな生活が送れるかどうかも謎だ。まあ、静雄と付き合い始めた時から普通の生活なんてごみ箱に棄ててやったようなものだったけど。




「まぁ……静雄が定職に就いたら考えますか」




もし静雄にそんな甲斐性があったらの場合だけど、と自分に言い聞かせて60階通りを目指して歩きだす。


数年後。静雄が中学時代の先輩に再会する可能性なんて、この時微塵も感じてはいなかった。














棄てられたのではなく棄てたのだ
20101215












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