「『手を大事にしなさい。斬り合いになることが全くないとは言い切れない』と言ったのはあなたでしたね」
大阪に立つ前と変わらない笑みを浮かべる山南さんに私はただ頷くことしかできない。
当然ながら屯所に残された私はここで京都御所へと出陣する隊士達を見送った。新選組として初めての要請に一同奮い立つが、まだ本調子ではない沖田さんや平助君、出張先で腕に怪我を負った山南さんは辞退することとなった。全ては私が知っている通り。そしてその知識が確かならば山南さんはもう二度と前線に立つことはない。
「あの時の言葉が今になって重くのしかかります。後悔先に立たずとはまさにこのことですね」
山南さんと2人きり、という状況にだらだらと冷や汗が流れる。この部屋から許可なく出ることができない以上、ここを訪れる人があれば私はどうあがいても逃れることはないないのだ。来るものは拒めず、去る者も追えず。前に土方さんとも似た状況を強いられましたが、あのときは沖田さんが助けにきてくれたんだっけ。あの人もよくぞまあ都合よく現れてくれるものですよね。そのご都合主義をこれからも遺憾なく発揮してもらいたいものですが、まだなんですか?焦らしプレイとかそろそろ飽きてきたんで来るなら来るではっきりしてもらいたい頃合いなのですが!蛇に睨まれた蛙ってこんな気持ちなんでしょうかね。――私、もう逃げ場がありません。
「・・・率直に言います」
「はい」
「あなたは先の世から来た人なのでしょう」
断定形。すっと細められた目元が刃となってこの身を引き裂くようだ。私の薄っぺらい表層なんて引きはがして確実に核心を突いてくる。ここまではっきりと言われたらもう誤魔化しようもないじゃないですか。でもそれ以上自分を偽り続けずに済むと思うばほっとした。こちらから事情を話すことはできない以上、向こうが上手く察してくれるのを待つしか私には出来なかったんです。これでようやく新選組のお役に立てる。信頼はされずとも信用は結果としてついてくるものだろうから。まずどこから話そうか。どうすれば歴史は新選組に有利に動かせるだろうか。
「否定しないのですね」
「・・・はい」
「それは、それは」
山南さんは特別驚くということなく、むしろ得心がいったというふうだった。その姿はまさに仏の頬笑み。優しい顔の下でどんな思惑が渦巻いているのか悟られもさせないように打ち立てた無敵の防護壁。ひょっとして私はとんでもない人に気取られてしまったのかもしれない。でも私が≪知っている≫山南敬助ならば、このままこの身をゆだねても問題はないはず。この知識を利用するだけ利用して、必ずしや新選組を守り抜いてくれるに違いないから。故に、私は彼を信頼しよう。彼だけではない。この新選組に所属する人たち皆を信頼し、この身を捧げるとここに誓いましょう。もう覚悟はできています。
「・・・あなたは、羅刹を知っていますか」
「え?」
「もしかしたら呼び名が変わっているのかもしれませんね」
人であり、人でなし。陽に弱く、血に触れれば狂い、鮮血を吸う者。至極真面目に、かつ重々しく語られた内容は私の知る限り≪吸血鬼≫と呼ばれる西洋の妖怪そのもの。この時代にニンニクとか十字架があるのかは知らないが、なぜここでそんなものが出てくるのかまるで分からない。表情にこそ出ないがそのことが伝わったのか「歴史の闇に葬られたようで何より」と安堵の声が漏れ聞こえた。
歴史の闇。現代人である私たちには知りようの無いことが隠されているのをその一言が物語っていた。ふいに共犯者という言葉が頭を過る。間違いなくこれは隠匿された歴史。その名だけでも知ってしまったからにはもう後戻りはできない場所にまで来てしまったのだろう。
――望むところだ。
このまま深く根強く彼らの歴史に絡みあっていきたい。それは私が愛した新選組の人達と同じ道を歩めることに他ならないのだから。
***
山南さんと入れ替わりに訪れた沖田さんには全て事情を話した。さらに私の事情についてはまだしばらく他の幹部にも内密にとのお達しが出たことも。私は山南さんには山南さんの考えがあってのことと思ったが、沖田さんはどうにも腑に落ちない様子だ。自分が隠蔽したくせにいざばれたとなれば皆に報告しないのが解せないとか。暴いてほしいのか秘密にしてほしいのかよく分からないよ、この人。そして羅刹の件に関しては沖田さんですら知り得たことなのか分からず、ひとまずは保留にする。とにかく今は束の間の解放感と気分の高揚に浸っていたかった。
「さすがは山南さんってところかな。まあ十分にひんとはあったわけだし、そう答えを出すのも難しくないか」
「・・・使いこなしてますね、横文字」
現代での生活が長かったせいか幕末ではそうそう耳にすることのない外来語を時折使うようになっていた。まあ私自身あまり言葉づかいを気にせず話していたせいもあって覚えざるを得ない状況だったというか。相変わらず舌足らずな感じがこう胸の奥をグッと鷲掴む何かを感じるんだがこれは私だけなのかね?無駄に整った顔面晒して普段ひねくれたことしか言わない沖田さんが噛み噛みになりながらカタカナを発音するこの所業!しかも本人どや顔!これが興奮せずにいられるかってんですよ!まじ可愛い!これが世に聞くギャップ萌というものなのか!そういえばまだ間者説を勝手に打ち立てた罰を与えていなかったですね。これは今こそ仕返しのときではないのか!
「沖田さん。ディ●ニーランド、って言ってください」
「は?」
「ほら。なんでもいいですから」
「何なのさ。・・・でず●ーらんど?」
「・・・」
「・・・」
「・・・次、CD。さん、ハイ!」
「しーでー」
「・・・・・・はい。お疲れ様でした」
頭いっぱいに疑問符を浮かべやがって!ちくしょう!罰のつもりが全部私がくらっただけじゃないか!ごちそうさまです本当にありがとうございました!
「ちゃん。気持ち悪いよ」
「知ってます」
「自覚してるなら気をつけようとか思わないの?」
「そんなこというの沖田さんだけですから問題ないです」
この前も広間で食事を取っているときに原田さんの謎の色気の根源はどこなのか本気出して考えていたらいつの間にか見つめていたらしく本人から「そう無表情に見つめられると責められてる気がしてよ」と大人げなく参加していたおかず争奪戦を離脱させてしまった。いやそうやって無邪気に本気で騒ぐ姿もそれはそれで可愛いと思うし、惜しげもなく晒された上半身と相反して長い袴で包まれた足にちらりとみえるくるぶし。そのバランスはまさに上が見えるなら下だって見えるんじゃねえの!?という期待と絶望を交互に与える男子中学生の浪漫にも似た色気があったりなかったりするんじゃないでしょうか!あと個人的にはあの一房の前髪も彼の大人な雰囲気を後押しするような何かを感じたりしませんか。そういう意味なら土方さんも負けていませんがね!さすが史実にも残る美男っぷり!その麗しさたるやそんじょそこらの芸能人なんかもやしが生えた大根レベルってもんですよ。そしてあの気概がなんとっても素晴らしい!やっぱり内に秘めているものが違えば、おのずと顔にも出るってものですよね。ああ!だから新選組はイケメンが多いのか!幹部なんて選りすぐりのイケメン集団じゃないですか。強くてかっこいいとか何それどこの少女漫画の世界だよって話ですよね。それが奥さん。残念ながら現実なんですよ、私にとっては!日本だって二百年も遡れば使い古された朝のドッキリ転入生と曲がり角で衝突☆も、そのあとの「ああ!あの時のッ!」「あの時の水玉女!」がリアルタイムで再現されても過去の遺物がイマなんだぜ?つまりそういうお約束展開だとか王道と呼ばれるものがこの身に起きても不思議じゃないんですよ!まあ実際タイムスリップだってやってのけたんだ。トンネルの向こうが雪国ならば、歴史を越えた向こうはイケパラだっていいじゃないか。ええじゃないか!
「気持ち悪い。気持ち悪いよ。すごく気持ち悪い」
「そう連呼しないでください・・・さすがにへこみます」
「へこんだのなら伸ばしてあげるから安心して存分にへこむといいよ」
お決まりとなった頬への攻撃も最近ではだいぶ慣れたと思ったが、何これ今日のはちょっと、だいぶ、相当?いやかなり!痛いんですが!これ爪喰い込んでません!?血とか出ちゃってません?!沖田さんの口は弧を描いていたが、そのじつ目はまったく笑っていなかった。
蔓延る余情
20110914
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