――誰が彼女を連れてきた?


僕にしがみついて嗚咽を漏らすちゃんの頬から手を離し、そっと頭を撫でる。先ほど別れたばかりなのにすぐ『これ』だ。今日一日で何度『別れ』と『出逢い』を繰り返してるだろう。そして決まって彼女を置き去りにするのは僕のほうで、そのたび刀を握り血を浴びている。これが僕のあり方なのに、こんな自分の姿を平和ボケした彼女の前に晒すのはどうしようもない気持ちになって、今すぐその目を塞いでしまいたくなった。生ぬるい血の臭いからも遠ざけたいのに、ちゃんは返り血を浴びた僕の着物にぴったりとくっついて自身もすっかり汚れてしまっている。彼女の薄い着物が水気を吸って、肌に張り付いていた。似合わない似合わない似合わない――ああ、だから連れてくるのは嫌だったんだ。





ちゃん。いい加減痛いんだけど」
「・・・え。あ!すみません!お腹?!胸?!というか肺!肺!!血反吐、吐いてます!?」
「やられたのは胸だけど・・・いいから落ち着いて。血なんて吐いてないよ」





よかったあ〜、と血だまりができた畳の上に座りこむ。身なりを気にせず、僕の為に涙まで流してくれたこの子は本当にあのちゃんだろうか。あの味気ない無表情と申し訳程度の感情表現、そして自分の好きなものにだけ反応する素直な笑顔だけが彼女の顔に浮かぶはずなのに。泣いたり、大きな声を出したり、こんなちゃんを僕は知らない。まるでいつも頭の中で行われている百面相が全てさらけ出されているみたいだ。もしそうだとしたら、今なら意地や建前なく本当のことを話してくれるだろうか。僕は膝を折り、ちゃんの目線の高さに合わせて問いかけた。





「もしかして、心配してくれた?」
「・・・・・・当たり前です・・・」
「一人できたの?」
「・・・途中まで山崎さんと、それからは皆さんと来ました」
「よく山南さんが許したね」
「池田屋が本命だと、伝令を運ぶのに私も手伝うよう言われたんです」
「ふーん・・・」





少しずつ落ち着きを取り戻している彼女ではあるが、まだ情緒不安定らしく本来の様子には戻っていない。
先ほどまで喧騒で渦巻いていた屋内がいつの間にか静かになっていることに気付かなかった。





「・・・僕に会いに来たわけじゃないんだ?」





だからなのだろう。
からかうつもりで口にした言葉が予想外に自嘲めいた呟きになってしまい、それが彼女の耳にも届いてしまったらしい。


――「そんなわけないじゃないですか」と焦りと混乱をひた隠しにする歪な無表情でなく、まだ少し潤んだ瞳を大きく見開いて口をぱくぱくいわせる彼女は本当に新撰組の志が好きで、精神が好きで、信念が好きで、誠の文字が好きで、近藤さんが好きで、土方さんが好きで――僕のことも好きだと言ってくれるなのか。弾かれたように顔を上げる彼女の表情が今まで見る中でもっとも女の子らしく紅潮していた。





「え。何その反応」
「・・・・・・・・・・・・何、が。ですか」
「もしかして図星だったりするのかなー」
「そ・・・!、んな・・・わけ、」





段々と声が萎んでいくと共に視線を泳がせる。・・・やっぱり口は素直じゃないなあ。一度その頭をかち割ってみれば本音がすべて出てくるのかな、なんて。何気なく再び彼女の頬に手を伸ばす。こんなに小さな口だから頭の中で気持ちと言葉が詰まっちゃってなかなか吐き出せないんじゃないか。ふに、と摘んで口の端を少し無理やりに広げる。ここから吸いだしてやれば、そのまま僕に直接届くのかな。


そんなばかなことを考えていると、ぐずぐずになっていた彼女がまっすぐな目で僕に向いた。





「そんなわけ・・・あったらなんだっていうんですか」





――ちゃんはやっぱり柔らかかった。
頬に触れていた手を頭の後ろに回し、勢いよく引き寄せて唇を重ね合わせた。そこは弾力のある頬にも敵わないぐらい触れたくなって、それに例えた五条あたりにある夕顔堂の大福よりずっと甘い。ほんの一瞬繋ぎ合わせただけで顔を離すと、驚きともいつもの無表情ともいえない顔があった。思考停止中。頭の中が目の前の現実についてこられていないらしい。・・・それもそうだ。僕はちゃんのごちゃごちゃな頭の中から『僕を好き』だと思う気持ちだけを吸いだすつもりで口づけたんだから。


いじわるく上がる口の端を隠さず笑いかけると、ようやく現状を把握した頭のフル稼働が始まった。何か言おうと開きかける口を再び口づけで蓋をして余計な言葉や考えを停止させる。斬られて痛む胸の痺れもこの瞬間だけは何か違うものに感じて、そっと耳元で語りかけた。





「僕は、君が好きだよ」





僕にふさわしい愛の言葉は、彼女にもっとも似つかわしくない場所の中心で囁かれた。
月すら照らさない殺戮の一室で僕たちはきっと何かが間違っているんだろう。だけどその間違いだってこんな歪で、不自然で、曲げられた時間を越えてきたのだから、そんなものは問題にもならない。


ただ一つ弊害があったとすれば、彼女が再び口を開いた瞬間にまたしても蓋をしてしまったことでその続きの言葉が聞けなかったことぐらい。














わた
20100625











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