目に映るものが全てだと思っていた
東雲色ポリガミー
元希のことが好きなんだって。
そう言い放ったが無性に腹立った。誰かに好かれるのは嬉しいことなのに、それをに言われるのが気に入らない。嬉しいはずの言葉が全く別のもののように聞えて必要以上にその相手を嫌悪した。いつものように呼び出されて、いつものような台詞を吐かれて、いつも以上にしつこく粘られた。なんでコイツなんかの気持ちをが知ってんだよ全然タイプ違うじゃねえか。それともなんだこの女は全校生徒中に言いふらしてんのかよ。どっちにしろ俺には迷惑以外なにものでもなくて、その場を立ち去ろうと踵を返せばそいつは俺に手を伸ばしてきた。よりによって、左腕に。
「触んな!」
勢いよくその華奢な手を振り払った。真っ白で細い指はみたいに黒い汚れもタコもなくて何もしていない手だとすぐに分かる。綺麗にしているだけがいい手だと俺は思わない。が言っていた「努力してる証」ってヤツが今なら解る気がした。そう思うとにむかついていたことも全部この女のせいだと思えてきて今度こそ女に背を向けた。
昼休みに秋丸の教室へ向かうのはなんだか気が引けてそのまま自分の教室に戻り弁当を広げると、珍しく秋丸のほうから俺の前に座った。
「榛名、ちゃんと何かあったでしょ」
「別になんもねえよ」
「嘘だあ。でなきゃあんな酷い振り方ないと思うよ? 堀田さん廊下でめちゃめちゃ泣いてたし」
「うっぜー……しかも関係ねえー……」
「あるよ。榛名はちゃんとケンカするたび人に当たるから」
「図星でしょ」と訳知り顔で見てくる秋丸に思わず舌打ちした。仕方なく帰り道でのやり取りと、この際雨の日に起こった違和感を説明すれば「2人とも難儀な性格してるよねえ」とまた全てを分かってるような口をきいて秋丸はご飯を咀嚼した。
「榛名はちゃんにそういうこと言って欲しくなかったんでしょ」
「まあそうかもな」
「そうなんだよ。で、ちゃんにずっと自分を見てて欲しいんだ?」
「ばっ……ちっげえよ! あいつが野球以外描くのはなんか嫌なんだよ!」
「ふーん。まあ中学のときからずっと思ってたけどさあ」
「なんだよ」
「榛名、ちゃんに対してすごくキープって感じがする」
そうびしっと俺の目の前に箸を指す秋丸は真顔で何も言い返す言葉が見つからなかった。キープって。キープってなんだよ。俺がいつあいつに対してそんなことをした。考えても普通の幼馴染以上のことをした覚えもないし、しょっちゅう一緒にいるわけでもない。ケンカした回数なんて数え切れないほどだし、お互い遠慮なしの柔軟な関係だと思っていた。俺は野球でが絵。それぞれ本気になれるものに没頭してるだけの互恵関係。それが俺たちの付き合い方で別に依存なんてしていない。訳が分からないのを察したのか秋丸は溜息を吐いた。
「ちゃんは自分の言いたいことの半分も口にしちゃいないと思うよ」
「……お前がの何を知ってるって言うんだよ」
「だってちゃんってそういう子、でしょ。……何も知らないのは榛名のほうだよ」
もう我慢できなかった。だんっと拳で机を叩くと教室中に響き渡り、一気に静かになった。どんなに苛立っても手は上げない自分はとことん野球中心の生き方をしている。「悪い。虫がいた」といえばまた何事もなかったように昼休みの教室が戻ってくる。秋丸は呆れたように肩をすくめている。
「榛名はさ、ちゃんが何で榛名を描くか分かってんの?」
「俺の身体が好きだからだろ」
「そうじゃなくてもっと根本的なこと。別にそうなる前から榛名のこと描いてたわけでしょ? それだけじゃこんなにも長い間榛名ばっかりを描いてはいられないと思うけど」
「……」
「言葉よりも絵の方がずっとストレートだよ。ちゃんは」
「それ以上に榛名を描いてるちゃんのほうが顕著かな」と言いながらいつの間にか食べ終えた弁当を包み、教室を出て行った。ちょうど予鈴が鳴って廊下からぞろぞろと生徒がそれぞれの教室に戻っていく姿が見える。その中に友達3人と歩くの姿があった。開いた教室のドアから通りすがりが見えただけなのに妙に目が離せない。どくん。心臓が一度大きく跳ねたことに体中衝撃が走った。なんだ。なんだ。なんだ。むしろ、なんで。俺はこの感じを知っている。でも今までとは少し違う、内側から心臓を刺激されたような衝動。それと原因不明の安心感。
「くそっ」
秋丸が変なこと言うから俺まで変になったじゃねえか――俺もあいつに勘違いしてるのか? 考えれば考えるほど体が熱くなってきて段々シャレじゃすまなくなってきた。頭にちらつくのはフェンス越しに真っ直ぐ俺を見つめるの姿。いつも正面からその姿を見ていたはずなのに先程廊下に見えた後姿が妙に切なくて、また1つ鼓動が高鳴る。
俺は幼馴染としてのを思い出せなくなっていた――。
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20100119
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