濡れた髪をタオルで雑に拭きながら部屋に戻ると、が食器を片付けたローテーブルの上を拭いていた。セルティと色違いのお揃いだというエプロンを付けて、忙しなく動き回る姿は見慣れた今でも複雑な心境になる。なにか誤魔化したくてその背中から視線を逸らし、小型冷蔵庫から牛乳パックを取り出し直接口へと運ぶ。冷たいものが喉を通って風呂上がりの火照った体に染み渡っていく。




「風呂あがったからお前入ってこい」
「はい……って。あ」
「あ? あー、悪い。またやっちまった」




まだ半分以上残っている牛乳を見つめて口元を拭う。と2人で暮らすようになってからいくらか気を使うようにしていたが、無意識の行動というのはどうしようもない。とはいえ、これも一度や二度の失敗ではないのでもはや常習犯と化している。それを毎度おなじみの苦笑で「あらあら」と見逃されてきたから、さりとて意識的に直そうとすることもなくなってしまった。




「私は特に気にしませんが、お行儀はあまり良くないと思いますよ?」
「そうだよな……。昔ガキん時にも御袋に叱られた気がするしよ」
「しつけがきちんといき届いたお母様なのですね」
「まあな。牛乳取り上げられて頭叩かれたこともあった」




それを聞くとは目をきらめかせて、とてとてと近づいてきた。俺の目の前に立つと頭一つ分よりさらに下に顔があって、あまりの近さに思わず身が引ける。何事かと口を開きかけるが、ぺちり、と額に小さな衝撃を受けて反射的に目を閉じた。




「め」
「…………」




めいっぱい腕を伸ばしてようやく届いたのが額だったらしい。があまりにもに楽しそうにしているから、自分が今叱られたのだということを理解するのに少し時間がかかった。むしろ『してやったり』としていて、ただイタズラがしたかっただけのようにも見えたが俺も別段怒ることはない。どうにもと一緒にいる間に感染ったのか「しょうがねえな」と、いつもこいつがする苦笑をして、ぐしゃぐしゃとの頭を撫でた。
こうするとは嫌がるようなことを言いながらも、嬉しそうに笑うから本心では嫌ではないのだろう。前にも撫でられるのが好きだと溢していたし、俺もコイツの頭を撫でるのが癖になりつつある。




「静雄さん! ちょっとやりすぎですっ」
「別にこの後風呂入るだけだし関係ないだろ」
「そういう問題じゃないと思うのですが……まあいいです。さて静雄さん、ちょっとこっち来てください」
「なんだ?」




手を引かれるままローテーブルの前まで連れてこられてその場に座らせられる。そして首に掛けていたタオルを引きぬかれて、ばさりとそれを頭から被せられた。




「さっき額に触れた時まだ水滴が残っているようだったので」
「いや、自分でやるから――」
「中途半端に濡れたままにしておくと風邪ひきますし髪も痛みますよ」




そう言いながら髪を拭く手は止まらず、段々と姿勢が前かがみにされていく。髪とタオルと隙間からの膝が見えて、しばらくそのまま大人しくすることにした。なんだかんだいってに世話を焼かれるのが気持ちよくて、抗うことができない。元から抗うつもりもないのか、以前電話越しにキレた以来に対して苛つくことはなくなっていた。そして、その日の夜からも過度な遠慮はしなくなったが、その代わりというか本来の性格なのか母性の一言では収まりが付かないような甲斐甲斐しさを発揮していた。




「お前兄弟とかいたのか?」
「はい。歳の離れた弟と妹が1人ずつ。両親共働きであまり家にはいなかったので、私が面倒みていたんですよ。今となっては2人とも自立しちゃいましたのでなんだか寂しいものです」
「へえ……って、ん? それなんかおかしくないか?」
「なにがですか?」
「2人とも自立って、そいつら歳いくつだよ」
「弟のほうが21で妹が20ですね。年子なんですよ」
「……本当はこういうの聞くもんじゃねえと思うんだけどよ。っていくつだ?」
「え。あー……まあ、正直なところ言ってしまいますと…………25?」
「にっ!?」
「え……?!そこですか!?そこからですか!?」




の手を振りほどき勢いよく顔を上げる。嘘だ……。ずっと年下どころか学生でもおかしくないと思っていたのに。背が低いのはこの際関係ないだろうが、あまりにも童顔過ぎやしないか? まじまじと顔を見つめているのに気付いたのか、隠すように手で顔を覆った。




「言わなくても分かります……。ちなみにいくつだとお思いでしたか」
「あー…………十代後半?」
「それはさすがにサバ読みすぎです!!」
「いや、だってお前。今日狩沢たちとコスプ、」
「あああああああれは仕方がなかったんです!!」




ひゃあ、と半ば声になっていない悲鳴を上げつつ再びタオルで頭を覆われた。今度は照れ隠しなのかガシガシと少し乱暴になっているが、あくまで髪を引っ張るようなこともなく勢いよく水滴が飛ぶ。


――そうか、年上か。
今更過ぎる事実に驚きながらも、どこか安心している自分がいた。でも、すぐにその考えを捨てての両手首をやんわりと掴み取る。その細い腕は力を入れずとも簡単に折れてしまいそうで、これ以上触れるのはあまりにも恐ろしい。さっと手を放し、顔を上げないままもう一度風呂へと促した。声が少し震えていたかもしれない。今自分がどんな表情しているのか分からなくて、タオルで隠れた視界のまま床に視線を落とした。
何かを察したようなに両頬をやさしく包み込まれて、そっと顔を上げる。




「えっと……黙っていてごめんなさい?」
「別に、そういうんじゃ。……って、敬語使うべきだったな」
「今までどおりでお願いします。こういってしまうのもおかしな話ですが、静雄さんは年下な気がしないんですよ」




高校生視点が抜けきらないんですかねえ、と小首をかしげながら浴室に引っ込む後ろ姿を俺はただ茫然として見送る。
――今のは明らかに気付かれた上でうまく避された。
もしかしたらは俺の好みを知っているのかもしれないと思い当たり、恥ずかしいような腹立たしいさに湿りきったタオルで顔を覆い隠したが、湯上りとは関係ない体の火照りがなかなか引くことはなかった。














CRAWL/CRAWL
20100621












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