緊張でPDAが震える。そこに表示された文字を見たは目を丸くしていた。





『私の首の在り処を教えてほしい』





彼女が読者というならその在り処を知っているはず。そう気付いたのは丸一日経過した後だった。新羅にその話をすると「知っているとは限らないんじゃないかな」とあまり乗り気ではないふうで、半ば喧嘩するようにマンションを飛び出した。新羅は私の首の話となるといつもこうだ。私の中で渦巻く恐怖心におそらく分かっていないのだろう。だからそんなことがいえるのだ。
――私がこんなにも必死なのに、どうして分かってくれないんだ。
PDAを握る力をぐっと込めて震えを止める。しかしは私の感情の高ぶりとは裏腹に、ひどく落ち着いたようすで微笑んだ。





「心配ありません。大丈夫です」
『それじゃあ私の首は戻ってくるんだな!』





声が出たなら叫びだすところだった。だが代わりに興奮でフルフェイスのヘルメットから黒い影のようなもやが勢いよく噴き出された。静雄の部屋の決して広くない玄関にそれが蔓延して、が驚きの声を上げる。すぐにそれは霧散して何事もなかったような空間が戻ってきたが、私はそれどころではなかった。





『今はどこにあるんだ?!』
「え」
『いつ私のところに帰ってくる?!』
「いや」
『私の首を持っていったやつは誰なんだ!!』
「あのっ」
『ああああ忘れる前に渡しておこう!お礼と言うわけじゃないが面倒をみるといった手前こんなことぐらいしか工面できない私たちで本当に申し訳ない!好きに使ってくれて構わないから!』
「な、なんですかこれ」
『キャッシュカードだよそんなことより首のばしょなんdk』





懐から抜き出したキャッシュカードを押しつけるようにして渡し、引き続きいくらでも沸き起こる疑問をPDAに打ちつけた。しかし、それを遮って誤字の修正もままならない指を包み込むように重なった手のひらに正面を向くと、眉を八の字に曲げたがいた。





「待ってください!違うんです!」
『違う?何が違うっていうんだ』
「首の所在は……まだなんとも言えないんです」





忙しなく動いていた指が、思考が、時間が、止まった。まさに天国から地獄。頭から冷や水をかけられたような言葉に全ての機能が完全に停止した。――は今なんといった?言えないって、どうしてそんなことをいうんだ。……もしかして新羅か。新羅が先に何か口止めするようなことを言ったのか。いや、さすがにそこまでするわけはない。新羅は私の首探しに協力的ではないにしろ、妨害する理由だってないはずだ。だったら、自身が?
茫然として見つめていると、手を握る力が強まるのを感じた。





「誤解を招くような言い方ですみません……。今はまだ色んな事に自信がなくて」
『そんな……』
「お力になれずに申し訳ないです。あの、これ。お返しします」





頑なに差しだされたキャッシュカードを大人しく受け取り、じっとそれを見返す。急遽作ってきたばかりのそれはの生活費用口座が登録されている。そもそも今日はこれを届けにくるだけのはずだった。話が逸れておかしなことになってしまったが、このままではおとなしく受け取ってはくれないだろう。どうしたものかと考えていると、何を思ったのかが再び口を開く。





「でも、あの。心配しなくても大丈夫だと思います」
『なぜそう言いきれる』
「今こうして一生懸命探しているうちは大丈夫ということです」
『どういうことだ?』





は心得ているとばかりに微笑む。それが妙に安心感を与えて、先ほどまでの逸る思いが徐々に収束していく。





「そのままです。本来ならばこんなこというのはお節介になるのかもしれませんが、セルティがセルティのままでいることが全ての近道なのだと私は思います」
『私のまま?』
「はい」





これ以上は何も言わなかった。――でも、これでいいのかもしれない。今までの自分のやり方を肯定されたのはおそらく初めてだったと思う。目的はまだ達成されていないが、誰かにこの頑張りを認めてもらうだけでこんなにも心が楽になるものなのだろうか。首に対する不安や疑惑は解消していないし、根本的な問題すら解決していない。それでもが大丈夫というならそれで大丈夫なのだろう。私は私のやり方でこれまでどおりに首を探し続ける。それが私――セルティ・ストゥルルソンの物語なのであれば追い続ける以外に道はないのだ。





『ありがとう。話は分かった。でもはこのままというわけにはいかないだろう?』
「それも、そうなんですが……」
『実はね、最初に私たちを頼ってきてくれたことが嬉しかったんだ』





言いかえればそれは読者から見て≪信用に値する立ち位置≫にいるということだ。こうして普通の生活をしているつもりだったが、人からそう判断されるというのは気分がいい。特にはそういうところに打算的ではなさそうだし、力になれるのであればいくらでも手を貸そうと思える。キャッシュカードを懐にしまい、PDAに新たな文章を打ち出す。





『じゃあ私が必要な物を買ってこよう。静雄の留守中に勝手に連れ出すのも悪いし』
「え。で、でもよろしいのですか……?」
『まかせて。フルフェイスでも買い物ができるお店は何件かあるし、いざとなれば通販とか』





妙に納得したように頷くは小さくはにかみ「お手数ですがよろしくお願いします」と深く頭を下げた。律義なこの子ならきっと静雄も気に入るんじゃないだろうか。いや、気に入ったからこの家に置いているのだろう。に短く別れを告げ、路地裏に停めたシューターに向かう途中に彼女がいる部屋を見上げる。結局彼女から何も聞き出せなかったし、受け取ってももらえなかった。しかし、確実に何か得られたものがあった気がする。陽が傾き始めた住宅街からそこだけ、ポッ、と明かりがついた。その優しい光は何かを導く灯篭のようでしばらくそれに見入られていた。














一番近い真実
20110127












1月28日 >>