「どうして私を間者とか言ったんですか」
「だって本当のことを言ったところで信じてもらえると思うの?」
「それは・・・そうですけど」
「さっきはとりあえずそんなふうに言っちゃったけどね。まあ、いいじゃない。実際、間者みたいなものだし」
広間を抜けだし再び部屋に戻ると同時に抗議の声が飛んだ。もちろんそのぐらいのことは予想していた。むしろよく今までそれに関してなにも言わなかったものだと思う。まあ確かにそこについて追及してる余裕なんてずっとなかったんだけど。――あの時はとっさに口から出ただけだった。彼女を手放したくなくて必死で、後は滑るように言葉は出てきた。まるで以前から用意されていた科白をただ音読するように。たしかに考えたことがないわけじゃなかった。僕が平成の時代に流されたことがあり得たのなら、彼女だって僕の時代にくることもおかしくはない。もしそうなったら、どうすれば彼女を僕のそばに置いておけるだろう。きっと屯所にはいさせてもらえない。誰か信用のおける人に預けたとしても、きっと一人では堪えられない。たぶん・・・僕も堪えられないんじゃないかと思う。こんな血生臭いところに連れてくるのもいやだけど、顔が見られないのはもっといやだ。ちゃんが僕をどう思っているのかはっきりしないけど、なんとなく分からないでもなかった。このむくれた顔の頬を少しつついてやると一体なにを想うのか切なそうに眉が歪む。それが池田屋で再会した時に一瞬みえた表情によく似ていて、それこそが彼女の本音なのではないかと思っている。
「そういうわけだから、今後も長州とかの情報を報告してくれないと御役御免。ここにいる理由がなくなるよ」
「そんな・・・」
「しょうがないでしょ。ちゃんがここにいる理由なんてその知識の隠蔽と保護しかない。事情は説明できないけど、君の言っていることが本当だって分かってもらえたらむげにする様なことはしないはずだよ」
「そんなの・・・分からないじゃないですか・・・」
「じゃあ何ならいいわけ?あくまで屯所は女人禁制。ここを追い出されたら他に行くあてはないし。そっちで世話になった義理があるけど、あいにく僕はここしか居場所を作れない」
「自分でそこをなんとか・・・」
「僕に貸し作っといて返させない気?」
「・・・ごめんなさい」
***
「出身や経歴は一切不明。最初の目撃証言があったのは桝屋です。それも店の裏手に倒れていただとか」
上弦の月がほっそりと顔を出し始めた頃。近藤、土方、山南の3人は島田からの報告を静かに聞いていた。池田屋に関してはすでに上層部への報告をまとめるだけで話は済んでいる。今は沖田が連れてきた謎の人物――のことで頭を悩ませていた。
「身元もはっきりしねえ。情報元もはっきりしねえ。総司も犬猫じゃねえんだから変なの拾ってくるんじゃねえよ」
「しかし身元もはっきりせんということは帰る場所もないということだろう?大層困った様子だったし、なんとかしてやれんものかな」
「近藤さん。あんたはなにを甘いこと言ってるんだ」
「ええ。ですが元はどうあれ、あの情報網をみすみす手放すのはなんだかおしいものがありますね」
「山南さんまで何を・・・」
「いえ、彼女を信用するわけではありません。ですが彼女は沖田君に仇なすようなことはまずしないでしょうね」
「あいつは総司を、総司は近藤さんを、って言いてえのか」
「・・・失礼します」
会話を遮るように障子向こうから山崎が声を掛けた。その幾分か神妙な面持ちに一同は固唾を飲んで報告を待つ。
「副長のご命令通り。先ほどの報告を改めて調査して参りましたところ・・・やはり彼女の証言に誤まりはありません――」
誰もがその言葉を疑った。もちろん最初に調査した山崎自身もそんな間違いがあるわけないと信じていただけにその衝撃は大きかった。今回の調査は池田屋直後ということもあって内部に侵入するのも難しく、自分でもぎりぎりのところまで踏み入った情報を仕入れてきたつもりでいた。それをまさかこんな形で間違いを指摘されるなんて思ってもみなかったのだ。そもそも彼女は池田屋から屯所に来てから一度も外に出ていない。情報を得るにも一日沖田さんの看病に付きっきりだったため外部とも連絡を取っていないはず。山崎はむしろここまでくるといっそ気味の悪いものを感じてそれ以上口を開こうとしなかった。
「・・・これで監察の仕事も少しは減るといいですね」
唖然とした空気の中、山南の楽しげな声の後――、
全ての心労を背負ったような重い溜め息が土方から漏れた。
神様のいうとおり
20101023
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