さあさ皆様お手を拝借。
祭り囃子に山ぼこ引いて、夏の風物祇園の花でございます。
枯れた浮き世も霞の彼方。宵は陽炎、たゆたう酒の水面に揺られ、蛤の夢に踊りましょう。
さあさ皆様お手を拝借。
両手をくの字に口元囲い、大声張り上げ、雑踏の中を進み行く。
――ここはどこだあああああー!!
幕末の京。市中で迷子でひとりぼっち。
これは完全に何かのフラグが立った!!何かのフラグがアップを始めました!!
***
ハァイ!いつも沖田さんに弄ばれている方、です!・・・というのはあまりにも自虐的すぎるのでNGとします。まったく、あの人の傍若無人さにはほとほと困ったものですよ。人がデッドオアアライブな隠居生活をしているというのに土方さんの言いつけを無視して遊びにくるわ外に連れ出してくれるわで何度雷が落ちたことか。いい大人が大人に怒られるのって結構精神的にキツいんですよ!恥ずかしいやら情けないやらのせめぎ合いで枕を涙で濡らさない日はありませんでしたよ!あの沖田さんが日々退屈している私を気遣ってくれているなんて都合のいい妄想でしたね。きっと奴は遊び相手がほしかっただけなのさ。そんで土方さんの仕事の邪魔したかっただけなのさ。まったく人を巻き込むのもいい加減にしてほしいものです。そもそも気遣いというのは今朝の永倉さんみたいのをいうんですよ。今日はなんの日だかご存じですか?そうですよ京都の一大イベント祇園祭ですよ!赤いぼんぼりぶら下げて、大きな山ぼこ引きながら街中をねり歩く日本三大祭りの一つでしょう?!でも残念ながら私は隠居の身ですからね。そもそも部屋の外に出ることすら命がけだっていうのに街に出るなんて許されるわけがなかろうなのだよ。だがしかし見たい。すごい見たい。めっちゃ見たい!そんなほとばしる熱いソウルがどこからか漏れ出ていたのでしょう。本来ならば市中警備に忙しい新選組ですが、気を使ってくれた・・・というより見るに見かねた永倉さんが二番組の見回りに同行させてくれると言ってくれたんですよ!何あの人まじゴッド!どっかの誰かさんも自分が同行させるなんて言ってきたけど多岐に渡る前科のおかげで土方さんが首を縦に振るわけがないんですよね。祭りの間は屯所にいる人も減るし、いっそ誰か幹部の見張りがついているほうがいいっていう判断の元に同行を許されたってわけで。近藤局長も楽しんでこいとおっしゃってくださいましたし、ここは本気で遊ばなきゃ損だよね!?いっそ失礼だよね!?ていう勢いで繰り出したのが悪かったんだな。ああ、山南さんのブリザートアイが「これだから外に出すのは不安だったんですよ」とゴーストを使って囁いてくる!やめろ!このままだと確実に土方さんと山南さんの怒りの鉄槌シェフの気まぐれスペシャル盛り〜市中警備でお疲れ仕立て〜今ならダブルがトリプルに!が脳天に注がれるに違いない。もしかしたらこれって永倉さんにも迷惑が掛かるのかな。あああはぐれたのは私の責任っていっても関係ないんだろうなあ。むしろ私の言葉なんて聞く耳ないんだろうなあ。先に屯所に戻るっていう手もあったけど、ここらへんの地理なんてまるで分からないし。昼間より人も増えてきて人混みの中をどんぶらこどんぶらこと押し流されるのも疲れてきたよ。ぼへーっと立っているだけでも難しいというのになんだろうな。この状況は。
「おい。人にぶつかっておいて詫びの一つもねえってのはどういう了見なのかねえ」
「こっちは足踏まれて指がひん曲がっちまったんだ!あー痛ぇ!」
「シカトか?調子乗るのもいい加減にしろよ」
あ。これ私に言ってたんだ?
少しずつ路地に追いやられて浪士2人に囲まれてるっぽいなとは思ってたけどガチだったや!祭りと喧嘩は江戸の花っていうけどここ京だよね。まったく野暮なことする人もいたもんですよ。でも、まあ、なんだ。私はこういう経験があまりなかった惰弱な小市民ですからね。とりあえず謝っておけ精神が深く根強く染み着いていますからここはひとまず。
「あの。なんか、すみません・・・でした」
「ああ?すみませんじゃねえだろうが!!」
「全然誠意が足らねえわ。誠意出そうや?な?」
まあ。うん。これで解放しれくれたら最初からこんな感じになってるわけないですよねー。これは、リアルに困った。
「――女の子1人に寄ってたかって恥ずかしいとか思わないの?」
大通りから指す光の先。目の前に立つ浪士たちのせいでその姿は見えなかったけど、凛とした声にそれぞれ顔を向ける。
菜の花色の着物に若紫のショール。薄暗くてよく見えないが、つんと涼しげな目元が印象的な女の子が仁王立ちで構えていた。
――違った。
・・・ん?なにと違った?
よく分からないがっかり感の正体はさておき。ずんずんと歩み寄ってくる女の子の気迫といったら鬼の形相というんですかね。てめえら祇園の夜にけったいな真似してくれるじゃねえかコンチクショーって書いてあるよ!若干浪士も引き気味だけど、きっと普通にしていれば可愛いんだろうに。いや、何にしてもめっちゃ可愛いですけど。この時代は美男美女の宝庫なんですかね。いやむしろこの浪士とかの顔面格差社会において明らかにそこで線引きがあるよね。私間違いなくコッチ寄りだよね。憎まれっ子世にはばかるとはこのことかああああ!
「大体ぶつかったとか足踏まれたとか、祭りでこんなに人がいるんだからその子とは限らないでしょ」
「・・・ああ?なんだお前は」
「痛い目に合いたくなかったらすっこんでな。お嬢ちゃん」
「全く。情けないったらないわね」
そういって隣に立ったショールの女の子は私の手を握り、草履で乾燥した地面を蹴り上げた。
「走るわよ!」
「う、えぇ!?」
突然の出来事に反応が遅れたのか一拍後から浪士たちの怒号が上がる。強く握りしめた手のひらは決して離れることなく京の複雑な路地をすいすいと抜けていった。
「あんなおのぼり浪士に京の街は優しくないわよ!」
「ちょ、ちょっと待って!そんな私走れな・・・!!」
なんでこの子着物なのにこんなに走れるの!?しかもめっちゃ早い。こちとら長年の便利社会暮らしで基礎体力なんてあったもんじゃないんです!ほらもうわき腹がビキビキいってる!ビッキビキになってる!
人の多い通りに出てようやく立ち止まることが許された。荒い呼吸を繰り返して振り返るが、浪士たちの気配はない。・・・助かった。
「あなたもぼんやりしてたら危ないわよ。最近の京は治安がいいとはいえないし」
「そう、ですね。あの助けてくれてありがとうございます」
「ううん。私が勝手に放っておけなかっただけだから」
あっけらかんと笑う彼女に久々の感動を覚えつつ、息を整える。改めて見るとやっぱり美人だ。お肌すべすべだし、髪もさらさら。気も強くて京女最強説浮上だな。いい子すぎておばちゃん涙が出そうや!
「私、千っていうの。あなたは?」
「あ。えっと・・・です」
「敬語とかいいわよ。見たところ同い年ぐらいだし」
笑うたびバックにお花畑が広がっていくようだ!ここはオアシスか!ユグドラドか!桃源郷か!同世代のしかも女の子に接するのが久しぶりすぎておかしな道にぶっ飛びそうよ!ああもう千大好き!!
「は1人で来たのかしら。これも何かの縁だし、よかったら一緒に見て回らない?」
「いや違うの。実はちょっとはぐれちゃって」
「あら、そうだったの。じゃあその連れの人を探せばいいのね。どんな人?」
もうこの子は何から何まで!
こんな気だてのいい子を生んだお母様に心から感謝したい。そしてあなたを表彰したい。ありがとう!そしてありがとう!あなたの娘は今確実に1人の人間を救った英雄ですよ!!まったくどっかの誰かさんに千の体中の垢を煎じて飲ませてやりたいわ。ばっきゃろう千に垢なんてあるわけないだろ!沖田さんなんて空気でも食べていればいいんですよ!霞食べて仙人になるまで山に籠もってればいいんですよ!こう肝心なときに来てくれないんだから!変に期待した私がバカだったよ!!
「それは何を期待してたのかな?」
「そりゃああんなタイミングで誰かが来てくれたら誰だって・・・」
「え?何?」
「こんばんは。で、きみ誰?」
まあ千がびっくりするのも無理ないですよね。いつだってこの人は神出鬼没で、人の考えてることだってどういうわけか筒抜けで。こんな焦らしプレイのドSが真っ先に頭をよぎるとか、そろそろ私も年貢の納め時ってやつなんでしょうかね。まったく。まったく。来るのが遅いんですよ愚か者め!
「新八さんが探してたよ。このままじゃ土方さんだけじゃなくて山南さんにまでどやされるーて」
「もう今の時点でそれは確定な気がしますけどね」
状況についていけてない千に簡単な説明をすると、物分かりがいいおかげで深くは追求してくることはなかった。この子は本当に出来た子やで・・・!
「どうして男装なんてしているのかなって思ったけど、やっぱり聞いちゃいけないことだったのね」
「・・・」
男装。男装、かあ。
たしかに平助君のお古の着物を貸してもらっているから男物なんだろうけど、個人的にそれ以上何か特別偽装するようなことなんてしてないんだけどな!別に男顔っていうわけでもないと思うし、髪は確かにこの時代の人からしたら短いとは思う。それで胸は・・・ないな。ない。うん。とりあえず沖田は後でシメる。笑いすぎ。
「そういうことならもう私の役目はおしまいね。よかったらまた会いましょ」
元気よく手を振って軽やかに雑踏へ消えていく千を最後まで見送ると、トンと肩に重いものが乗る。沖田さんは確かもっと西のほうの警備をしているはずだったんだけど、どうしてこんなところにいるのかな。なんて口にしないまま黙って顔を埋める彼の頭を撫でる。指通りのいい猫毛が頬に当たってくすぐったい。
「ところで羽織はどうしたんですか。見たところ持っていないようですけど」
「ちゃんと着てるよ。一番組組長沖田総司代理が」
「代理って。そんな代理立てて、ここにいるあなたはいったい誰なんですか」
「んー。沖から田んぼまで総てを司る男、沖田総司です」
「別人だったんですか」
「別だね。少なくともちゃんに出会うまではそんな人いなかったし」
ふうん、と納得したようなやっぱりよく分からないような相づちで返す。《新選組の沖田総司》は来てくれないけど、《私と出会ってからの沖田総司》は探しにきてくれたわけか。
うん。まあ・・・悪くない。
「それで、その沖田さんは一体どうしちゃったんですか」
「僕が見つけてあげるって言ったのに・・・遅くなってごめんね」
一瞬何のことかと思った。今とは季節が正反対すぎてすぐには分からなかったけど思い出したイブの夜。私の気配ならすぐに分かるといったのは嘘ではなかったらしい。なんだ意外に自分の言ったことは覚えている人だったのか。別に、気にしてないのに。というかそもそも忘れてたけど。
「結果的には迎えに来てくれたんですからいいですよ。何へこんでるんですか、らしくないですね」
「それもあるんだけど」
「けど?」
ふいに肩が軽くなったと思うと今度は手首を引かれて適当な路地に連れていかれる。今日は路地とのエンカウント率が高いな、なんてくだらないこと考えてる場合じゃないのかな。そのまま沖田さんの顔を見る間もなく正面から力強く抱きしめられた。耳元で盛大なため息をされて、そっと顔を上げる。
「人が多すぎなんだよね。君の気配は分かっても全然動けないし。ちょっと斬って人口を減らしちゃえばよかった」
「よくないです。よくないですよ、それ」
「ふうん。おかげで君の期待に沿えず散々だったじゃない。せっかくちゃんが僕を待っててくれたっていうのに」
「別に待ってたわけじゃないですよ。沖田さんかな、って思っただけで」
「僕が、良かったんでしょ?」
そうやってイケメンがどや顔しても私はほだされたりしませんよ!・・・たぶん。
腰に添えられていた手はいつの間にかに私の頬をむにむにと摘んでいて、今ではすっかりいつもの沖田さんだ。≪いつもの≫っていうのも不思議なものだけど私が知っているのは私と出会ってからの沖田さんだけで、代理を置いてきた一番組組長の沖田さんは私をどう思っているのか少し不安でもあるわけで。そんなことを言っても結局は1人しかいない人間の話。今ここにいる沖田さんが機嫌良さそうにしているだけで、私はそれで満足していた。
にじんだのはうれしいきもち
20110707
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