池田屋事件はその名を歴史に残したとおりの大捕物だった。
屯所内外で新選組は慌ただしく動き回り、その後処理は翌朝にまで続いた。史実通り桂小五郎はその場から逃げ出していたらしい。たぶん私があの時外から見た男がそうだったのかもしれない。でも見間違いじゃなければ金髪じゃなかったですか、あの人。あの様子じゃ沖田さんと戦っていたようだったし、本人に訊けば分かることでしょうけど、どうにもこうにもあれから話をしていないんですよ。あれからってどれからって訊かれればそりゃあ・・・あれ、からしか言いようがないですけど。ええ、あれですよ。あれっていったらあれしかないでしょ。怪我人となった沖田さんを屯所に連れ帰り、治療を施してから彼はずっと眠りっぱなしなんです。ああ、そうさ。沖田さんなら私の目の前で寝てるよ。





「・・・・・・」





そして私はといえば額に乗せた手ぬぐいを取り、水桶で濯ぎ再び戻す作業をひたすら繰り返していた。血まみれだった私は土方さんの計らいで平助君(本人にそう呼べと言われた)の古着をお借りしている。そして、それから深い追求は沖田さんが目を覚ましてからということになり沖田さんの看病を申し使ったわけで。実際、障子向こうの廊下では今だ慌ただしく人々が行き交っていく。ほんの一枚薄い壁の向こうだというのにまるで現実から乖離されちゃったみたいな感覚だな。まあ、私にとってはここにいること自体が現実的ではないわけだが。ふと部屋を見渡す。沖田さんの個室だといって通された部屋は綺麗に片付けられている。それになぜか純和室であるのにどこか少し自分の部屋を思い出す。いくら言っても返してくれなかった果物ナイフを突きつけられたあの日に感じた異様さ。あるべきものがあるべき場所に収まっていない。歪で、不自然で、曲がった時間。でも、それが成立してしまった特異な例。それと同じものがここもある。ただ、今はそれが酷く落ち着く。どこかアンバランスなのにそれが心地いいなんて、思春期の子供じゃあるまいし。


そっと自分の唇を指でなぞる。あまりにも突然すぎて何も言い返せないまま彼は倒れてしまった。実際あの場で何か言えたとしたら「なんで」とか「どうして」とか、とりあえず疑問符だけ飛ばしておけばこんな気持ちにならなかったのかもしれない。やり逃げかよ、沖田さんよぉ!





「・・・ばっかじゃないの」
「命がけで戦ってる人間にずいぶんなこと言ってくれるじゃない」
「え? あ、起きてたんですか」
「うん。たった今だけどね。それよりなんで僕が君にそんなこと言われなきゃいけないわけ?」





身を起こす沖田さんを手伝い、布団に座ったままお互いに見つめ合う。――そんなの、私が知ったことじゃないですよ。だいたい意味分かんないですよ。散々人のこといじめるようなことばかりしてきたくせにいきなり好きとか、小学生じゃないんですからね。全然気持ちなんて伝わらないですよ。それにですね、私は沖田さんのことそんな風に思ったことなんて一度もなかったんですからね。手間のかかる我がままで気分屋のやっかいな猫を拾った程度にしか考えてなかったんですよ。それがなんですか、いきなり、その、いきなりですね、えっと、何だ。その、キ、キス?とか?いったいどういうつもりなんですか。こちらからしたら飼い犬に手を噛まれたような気分ですよ。もとい飼い猫に口を奪われた状態ですよ。どうしてくれるんですか、そんなキ、キス、キスなんて、そんなの。私は身持ちが固いほうなんですからね!そう不意打ちられると本当困るんですよ!い、いや。そんな顔しないでください。なんですか、なんなんですか!そうしょげた顔されると本当に困るんですってば!だから何度も言いますけどね!沖田さんは顔面凶器なんですよ?歩く性犯罪なんですよ?あ、すみません。これは言いすぎました。とにかくですね、沖田さんは色々と精神的にクるんですよ。そうやって見つめられるとですね・・・いや、だから・・・ああもう!これ計算ですよね!?これ絶対心の中で笑ってますよねえ!?私が沖田さんに強く出れないのを承知でやってるんでしょう!もう!





「じゃあ、どういうつもりで君は僕に手を伸ばしたの」
「・・・え?」
「どうしてちゃんはあの桜並木であんな泣きそうな顔してたの?」
「それは、」
「ねえ、君は僕のこと好き?」
「・・・っ!」





あの時。もし手を伸ばさなかったらきっともう会えないと思ったから。
沖田さんが言った「もう会えないかもしれない」があんなにも重いものだと感じたあの瞬間は、確実に自分の意識の外で体が動いていた。きっとこれを逃したら一生再会することは出来ないと思った。だから最後に何か少しでも沖田さんを感じることができればいいと、そう思ったのだとおもう。自分のことなのに全然あのときの気持ちが分からないんです。ただ離れたくないとか、ずっと傍にいてほしいとか、そんな甘ったるい感情ではなかったはずなのに、今はなぜかその確証も持てないでいるんです。沖田さんはずるい。こんな状況で、あんなことされて、そんなこと言われて。こんなのきっとまともな判断じゃないです。確かに私は沖田さんのことが好きだけど、それは沖田総司に対する憧れにも似た感情であってそういうんじゃないはずなんです。こんなに鼓動が速いのはただ緊張しているだけ。沖田さんのずるい攻撃に当てられているだけ。私はもう躊躇することはやめたんです。自分の好きなものを守るために動くことにしたんです。だから、こんなふうな道が拓けるなんて――思いもしなかったんです。





「・・・わかった。じゃあもう僕から君に好きだとは言わない」
「な・・・え?はい?」
「次はちゃんが言う番。ちゃんと一回ずつ言ってもらわなきゃ不公平でしょ」
「そん、なのって・・・」
「でもほら僕って飽きっぽいから早く君がなんとかしてくれないとこの気持ちを忘れてしまうかもしれない」
「いやちょっと待ってください!」
「待たないよ。・・・僕は、待てない」





また、そういうことを言って私を不安にさせるんだ。この人は。
さてそろそろ皆に君のことを説明しなくちゃね、と着替え支度を始める沖田さんから目を逸らす。沖田さんは本当にずるい。まだ本人も自覚していない未来をほのめかすように私を脅す沖田さんの言葉が、より一層心に痛い。


それでも大広間に辿りつく頃には、すべてに蓋をしていた。
この想いが繋がったとしても、決してハッピーエンドにはなれないとそう直感していた。














猫にジェ
20100718











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