一瞬で楽にしてくれる言葉を頂戴。
白藤色アガペー
高校生活もだいぶ慣れてくると、クラスだけだった交友関係が一気に広がり自分の学年ぐらいなら顔と名前が一致するようになる。そうすると自然と話の流れは恋バナになるわけで誰がかっこいいとか誰と誰がもう付き合い始めただとか見事高校デビューを果たした人たちの噂が広がっていく。私のクラスの女の子たちだって例に漏れず、面食いのゆう子ちゃんとサッカー部応援のために武蔵野に入学したえっちゃんは今日も前田先輩をプチストーカーしているし、落ち着きがあると思っていたトモちゃんは4歳年上の人と春から付き合い始めたらしい。
そして私は――絵を描いてる。
ダメだ。全然興味が湧かない。いや、みんなの恋バナを聞くのは非常に楽しい。いろんなことに一喜一憂して、恋する乙女はいつだって可愛いものなんだ。恋、はしてるはずなのにどうしてこうも違ってしまうんだろう。考えはつかなくもないけど十中八九、私は失恋の道を選んでる。好きな人には好きな人がいて、その好きな相手は私も大好き。ああ、しんどい。もういっそなら2人が付き合ってしまえばこちらとしても気持ちが落ち着くというのに。嫌だけど、この状態が続くほうがもっと辛い。振られると分かってるなら早く楽になりたいけど、それをしてしまうとこれまでのような関係を続けられるわけないし、それにもう描けなくなってしまいそうでそれもそれで困る。失うものの多さに怖気づく私は「好きな人いないの」という問いかけに「キャンバスが恋人さ」と軽口叩いてその場をやり過ごすのだった。
天気がいい日のお昼は屋上で食べることにしている。みんなで囲むお弁当はどれも可愛く盛り付けされていて、途中繰り返されるおかず交換は定番となっていた。昨日のテレビの話に新曲の話、新しいお店情報と一周してまた恋バナの堂々巡りが楽しくてお昼休みがだいぶ終わりに近づいたころ。ぐぐっと伸びをしたトモちゃんがフェンス下の裏庭で何か気づいたように「あ」と洩らした。
「あれ、榛名君じゃない?」
「本当だ。一緒にいるの誰よ」
「A組の柴さんだよお。サッカー部のチアガールとかやってんのお」
「それなのに元希なんだ……」
「この前の練習試合見てから乗り換えたっぽいんだよねえ」
「うちらも見てたじゃん。覚えてる?」
「全然覚えてない。でもなんかこれってさ」
その続きは誰も言わなかったが、暗黙のうちに「告白シーンだよね」そう固唾を飲み込み見守る体勢を取って全員フェンスにしがみつく。元希は遠くから見ても明らかに機嫌が悪くダルそうで、そういえば休み時間はほとんど寝てるとか言っていたことを思い出す。もちろん何を話してるのか分からない。だがあっという間に元希はどこかに行ってしまい、残された柴さんはその立ち姿から呆然としてるのがなんとなく分かった。たぶん、これは。
「なんか秒速って感じだったな」
「柴さんって結構かわいいと思ったんだけどなあ」
「分かってたけど、こんな簡単に終わっちゃうんだね」
「なんだ榛名君はやっぱもてんの」
「ピッチャーってだけで儲け者」
「あー。あるねそういうの」
すごすごと元の位置に座ると少し気落ちした雰囲気が漂う。私は《元希が断ること》を分かっていたと言いたかったのだけれど、それは言ってはいけないことだった。元希が誰かの告白を断るたびに私は、元希の心の内にいる人の存在を大きく感じて胸が苦しくなる。さっきのあの場所に立っている自分を想像して、元希の顔と声で「俺好きな人いるから」と言われた日には――自分で考えて、自分で落ち込んだ。
その日の放課後。私はほぼ毎日通っていた野球部のスケッチに行かず、家に帰り自室で以前描いた他校生のスケッチを眺めていた。とても描く気にはなれない。ましてや元希の姿なんて今は見たくもない。それなのに《恒例》となったやりとりが待ち遠しくて、矛盾した自分の行動が本当に嫌になった。日が伸びたとはいえ空が薄暗くなってきたころ、階段を荒々しく登ってくる足音が聞える。そしておもいきり放たれたドアの向こうには軽装に着替えた元希が嬉々として立っていた。機嫌の悪い元希はとことん怖いけど、機嫌の良い元希はとことん明るい。告白された日はいつもそうだ。自分は断って相手を傷つけたくせに今日誰だかに告白されて云々と聞きたくもないような話しを延々とされる。実際振られた柴さんはどうだか知らないが、荒んだ自分の心が共感してその無神経さに苛立ちが募る。それでも小学生みたいに喜びを隠さない笑顔が可愛くて、また何もいえない自分の不甲斐なさに声が小さくなる。
「随分嬉しそうだね」
「あったりめーだろうが。知らないやつだったけど結構かわいかったし。つか、嫌いでもない限り告られて嫌な思いしねえだろ」
「そんなものかな」
「ま、もてないには一生わかんねえだろうがな」
「なんだとぉ!」
クッションを投げつければ軽くキャッチして無邪気に笑う。ドキリとした鼓動が顔に熱を運んだような気がしてそれを見られないように元希の髪をわしゃわしゃと撫で回してやる。抵抗されても必死にしがみついて「よかったね」と笑って言える準備を整えた。顔が引きつらないように、声が震えないように、細心の注意を払って言葉に声を乗せる。元希は勝ち誇ったように「まあな」と一言残して自分の家に帰っていった。その背中は達成感が感じられて、階段を下りる足音も幾分大人しかった。
もし私が告白したら、元希は今みたいに無邪気に喜んでくれるだろうか。それともやっぱり困らせてしまうだろうか。実ることのない想いならば、せめて相手を喜ばせるぐらいの役に立てばいいのにと思う。
私は忘れないように今日の笑顔をスケッチブックに描き込んだ。
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20091211
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