想いが色づく予兆に気づけなかった
一斤染インビジブル
告白されることが度々あった。
ほとんどが運動部の人で顔と名前が一致しないような、つまるところ私の知らない人ばかりで正直対応に困る。私はこの人を描いたことがあっただろうか。今着ている制服と部活中のユニホームではだいぶイメージが違って中々ピンと来ない。でも骨盤の位置が高くて大腿四頭筋の程好い太さと長さとか、袖を巻くって少し見える前腕筋群とか張り出した中手骨頭とかまあ悪くない。悪くないけど、それだけ。私自身との直接的な接点はないのによく告白なんていう手段に踏み込めたなあと毎度ながらその勇気と行動力、それからその気持ちに感心する。別に文字通り《見た目》で人を選んだりしているわけではないけど、私の答えは最初から決まっているから。
そして毎回お約束のように繰り返される「どうしてですか」という質問。ここで想っている人がいると正直に言ってしまえばいいのに、なんだかそれを言ってしまうと自分自身の感情をはっきりと認めてしまうみたいで諦めきれてない自分が悔しい。いっそ他に彼氏をつくってみればこの気持ちは薄らいでいくのだろうか。でもそんな気持ちで誰かと付き合うなんて相手に失礼すぎる。私は私の中で芽生えて大きくなっていくこの感情を今更止めることなんてできないのかもしれない。
「描き続けたいと、思えないからです」
「じゃあ、俺がもっとさんに興味が持ってもらえるような選手になったら考えてくれますか」
それとこれとは話が違うんじゃないだろうか。でも今のはそういう風に捉えられてしまっても仕方がないのかもしれない。深く頭を下げれば「わかった」と呼び出した彼は校舎へと戻っていった。申し訳ない気持ちが胸に広がって、私も足早に教室を目指した。私は元希の見た目が好きでも(もちろん見た目も含めてだけど)、野球がうまいからだけで描きたいんじゃない。元希が元希だから、見つめ続けることを許される間だけでも私の中に留めておきたいと思うからだ。もし元希が野球が下手だったとしても私は元希描いていたと思う。いつか遠くに行ってしまっても、想いを一緒に描きとめたスケッチブックの数だけ幸せだったと胸張っていえる。だからそれまでは元希を描き続けることを、誰かに許して欲しかった。
「おかえり。ちゃんと断ったの」
「……うん」
「そっかあ。やっぱりちゃんには榛名君しかいないって感じ?」
「ちゃんが出ていく時に榛名君が来るからてっきり止めにきたのかと思っちゃった」
そう言って2人がはしゃげば「ばか」とトモちゃんの一喝が入った。正直彼女の心の機微に敏感な子は私にとってすごく助かる。うまく笑えたか分からない笑みを浮かべて机同士を向き合わせた席に着く。みんなはすっかりお弁当を食べ終えてしまったらしい。私が遅れてお弁当を口に運んでいる間も話が尽きない友人たちから視線をはずす。私たちは普段後ろの出入り口に一番近いところに集まっているから、そこからだと教室全体が見渡せる。そっと一番窓際にある秋丸君の席に目線だけ向ければ彼は1人で携帯をいじっているようだった。もう元希は自分の教室に戻ってしまったのかもしれない。密かな楽しみにしていた分、昼休みに呼び出した彼に八つ当たりめいた感情が渦巻いた。
「今回もタイプじゃないってあの人サッカー部のレギュラーだよ」
「そうだったの? 体格は悪くなかったんだけどね」
「毎回それだよねえ。やっぱり1番は榛名君みたいな?」
面白がられてるのは分かるけど、どうしてこうもこじつけたがるのか。口の中のものをぐっと飲み込んで箸を置いた。
「……あれは詐欺だよ」
「誰が詐欺だって?」
突然降りかかってきた声に振り向こうとした頭はのしかかってきた体重に邪魔されて動けない。肘掛にされた力に逆らおうとすれば益々力を込められた。段々と前屈みになっていく視界の端に自販機で売っている牛乳パックが見える。教室に戻ったと見せかけて買出しに行っていた元希がちょうど私の言葉を聞いていたらしい。「平気でこういうことするんだもんなあ!」と腕を叩きギブアップを主張して初めて顔を上げることが許された。乱れた髪を手櫛で戻せば「女子の会話に口出さないでよね」と今まで傍観していた友人たちがいっせいに口を開く。普段怖いといって話もできないのに集団になると女の子は強いものだ。
今度こそ振り返って元希を見上げる。身長差がだいぶある上に椅子に座った私が見上げると完全に見下されたような構図で少し威圧感があった。抗議するみんなに「うるせえよ」と一言睨めばあっという間に黙ってしまう。――なんだか機嫌が悪い。ただでさえ周りから怖がられているのにすぐ怒鳴るし怒るから余計に近寄りがたくなってしまう。元希は少し視線をずらして「何がどう詐欺だって言うんだよ」と口ごもって言うから機嫌が悪くなってしまった原因が私の言葉にあると気が付いた。
元希の投球に嘘はない。純粋な努力から生まれた至高の速度と生粋のストレート。今はまだ安定しないコントロールを除けば元希自身に何の不安要素なんて存在しない。しいて詐欺というならば高校1年にしてその投球ができるセンスといえばいいんだろうか。きっと元希自身もそのことを自覚していて、そんなことを言われるのは心外だったのかもしれない。しかも元希の投球の1番近くで見続けていた私に言われたら元希はどう考えたろう。「私は」何か言わなくてはと口を開く。けど元希を前にした私はいつも思うなうまい言葉が選べなくて声を出してから考えてしまう。ふとして元希と目が合えば今考えていた言葉がどこかへ飛んでいってしまって、勢いよく俯けば後頭部に落ちる視線が「早くなんか言えって」というプレッシャーをかける。
「私は――元希を描きたいだけだから!」
「……んなこと聞いてねえよ」
元希にしては幾分軽く小突かれた頭を擦りながら上げるころには元希の姿はなく、すでに秋丸君の元にいた。お弁当に向き直って箸を取ると、友人たちの含みたっぷりの笑いが待っていた。そうしてからやっと気づく。私はもしかして告白に近いことをしてしまったのではないか。その真意を知っている私自身をどうにも誤魔化すことができなくて、顔の熱が益々上がっていった。一瞬触れた元希の指が機嫌を取り戻したような気がしたのも、私の勝手な思い込みかもしれない。
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20091215
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